40人が本棚に入れています
本棚に追加
しばらくして降り出した雨は意外にも激しくて、職員室のテレビでは大雨警報が速報で流れた。
珍しく久保も仕事を職員室でしているからかもしれない。
ただでも鬱陶しい雨模様なのに、「なぜこういう日に限って、いけすかない男の顔を眺める羽目になるのか」と郡山は内心毒づいていた。
楽しみにしている亜希との毎日は、亜希の休職で幻と化している。
それが久保のせいではないのも分かっているのだが、気持ちのやり場がなくて八つ当たりしてしまいそうな気分だった。
そんな郡山の様子に久保も15分程度すると痺れを切らす。
口を利く一瞬前で視線を逸らしたが、久保は郡山に訊ねた。
「――何か、ご用ですか?」
「……いえ。」
二人の一触即発な雰囲気に、職員室内は「またか」という雰囲気が立ちこめる。
「――何か言いたげになさっていたでしょう?」
「何でも無いです。」
雨の日は憂鬱になる。
どうしても亜希と高津が相合傘をしていた姿が思い出される。
それは郡山も久保も一緒だった。
「――そうですか。」
ややぶっきらぼうに久保が答えた後は、互いに無言で書類に向かう。
キュッキュッという郡山の赤ペンの音と、パチパチという久保のノートパソコンの音が響く。
雨が窓を叩く。
そんな状態でも定時を迎えると「お先に」と一人、また一人と席を外していく。
日が沈む。
あたりがだんだんと暗くなるから、電気を付ける。
いつの間にか久保と二人きりになっていて、郡山はため息がこぼれた。
「――進藤先生、まだ具合悪いんですかね?」
郡山が呟くように問うと、パチパチと音をさせていた手がゆっくりになる。
「……さあ。」
久保は端的に答えた。
浜川のカウンセリングの結果は、今のまま愛情を持って接すれば徐々にだが亜希は快方に向かうだろうとの事だった。
「ただし、別のショックな事が起これば、彼女は『進藤 亜希』自体をやめてしまいかねないと言う事も忘れないでください。」
「『進藤 亜希』をやめる?」
「解離性遁走と言うのですが、逃げ出したいあまりに、名を変えて行方不明になってしまう場合があります。」
「行方不明……。」
「ええ。」
考えただけでも、胸が痛い。
――亜希が居なくなってしまったら。
そしたら空いた穴を一体何が埋めてくれるだろう。
最初のコメントを投稿しよう!