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 その間にも高津は手を上げて、ウェイトレスを呼ぶ。 「――すみません、ブレンドコーヒーをホットで一つと……亜希は何にする?」 「……え、あ、あの。」 「コーヒーは飲める?」 「ミルクがあれば……。」 「――そう。じゃあ、同じのを二つで。片方はミルク付き。」  ウェイトレスは「畏まりました」と言うと、高津に見惚れながら去っていく。 「――また泣きそうな顔をしてるけど、万葉さんに身を退けとでも言われた?」  ネクタイを少し弛めて、亜希の驚いた様子にくすりと笑う。  ウェイターがコトンと二つのお冷やとおしぼりを置いていく。 「――何で、それを?」 「万葉さんとは仕事で何度か会っているからね。」 「……そう。」 「亜希の学校は科学技術者育成のモデル校だから、書面でやり取りしたり、理事長に会いに行ったりね。」  おしぼりで手を拭くと、高津はお冷やを美味しそうに口にする。 「IT化が急速に進んでいるのに、学生の理系離れが急速に進んでるから、特別クラスを設けた学校には助成してるんだよ。」 「――そう。」 「……で、話が横道に逸れたけど、なんて答えたんだ?」  高津の深い色合いの瞳を見ていると、すべてを見透かされているような気持ちになって、亜希は口籠もる。  この人には偽りを話しても、意味がない。  きっとすぐに見抜いてしまうだろう。  でも、もう一度口にするのが辛くて、ぐっと奥歯を噛み締めた。 「――もう会わない、って答えた。」  それだけ言うと、胸が熱くなる。  奥歯を噛み締めて、堪えようとしても嗚咽が混じる。  いつの間にか高津の姿が目の前から消えたと思ったら、その影が自分の泣き顔を隠してくれた。  ――温かな腕。  ぽろぽろと涙が零れてくる。 「――亜希、逃げておいで。」  照明を背中に背負った高津が格好良過ぎて、亜希は泣き笑う。  それから、また苦悩するかのように眉を寄せた。  ワイシャツからはムスクの甘い香りが痺れるように鼻腔を刺激する。 「――逃げていい?」 「ああ。」  高津の手が亜希の頭を引き寄せる。  心音が間近に聞こえる。 「――あのヒトに見つからないところに連れてって。」 「言われなくても、そうするよ。」  高津は穏やかに笑みを零した。
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