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「謝らなくていい……。こんな自分も悪くない。」  亜希に出会ってから、意外なまでに一喜一憂する自分がいる。  高津は小さく笑う。  亜希は咄嗟に高津の背広の前みごろを掴んだ。 「――浩介さん?」  目の前から高津が消えてしまいそうに見えて、怖くなる。  高津は亜希の細い手首を掴む。 「――最近、やけに堪えるんだ。」  そして、ごく自然と腰に手を回し亜希を支える。  亜希は黒曜石みたいな瞳に、身動きが出来なくなった。 「素直に俺に攫われなよ……?」  ――ドクン。  動揺して心臓が跳ねる。 「亜希のいないベッドは広すぎるんだ……。」  誰も居ないマンションに帰ってくると、スーツの上着とネクタイを椅子の背もたれに投げ捨てて、ベッドに身を沈める毎日を過ごす。  恋愛感情なんて下らない。  そんなものは阿久津を潰すのにマイナスになってもプラスにはならない。  頭では理解できるのに、以前のようには心がその考えについていかなくなっていった。  亜希無しの生活は味気なくて、息が詰まる。  合鍵を渡したにも関わらず、ベッドルームが自分の居場所と言わんばかりに、高津が部屋に帰ってくると亜希はちょこんと掛け布団の上に座っていたのに。  男物のワイシャツを着ているのが、妙に色っぽくて徒めいて見えた。 (それなのに、手に入れたと思った途端、するりと逃げていってしまう……。)  ――亜希にとっての夢。  久保に胸ぐらを捕まれて言われた言葉が、刺みたいに抜けない。 (亜希を喜ばせたいだけなのに。)  誰か知っているのなら、教えてほしい。  愛する人の抱く大事な夢を壊してでも、その人を手に入れたい時はどうすればいいのか、を。 「亜希、戻っておいで。」  高津の柔らかで甘い声が、脳髄まで響いて、浸食してくる。  言葉がうまく紡げない。  それでも何とか深呼吸をして、落ち着こうと試みる。  しかし、ムスクの香りがそれを阻む。 「……私、貰ってばかりで、何一つ返せないの。」  剥き出しになってしまった心のまま、亜希は呟く。 「俺には返さなくっていいよ。」  愛おしそうに高津の手が頬に触れる。 「収賄になるから。」 「――収賄?」 「ああ、お中元すら気を遣う職なんだよ。あげたり、貰ったりするのは気を遣う。」  高津は肩を竦めて笑う。  そして、亜希の頬に口付けると、名残惜しそうに腕を解いた。
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