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東京の夜は街の明かりでまばゆく、「不夜城」と言う言葉がよく似合った。
二段抜かしで駆け上がりながら、内田が地下鉄の出口を飛び出してくる。
「すみません、遅刻しました!」
約束の時間より少し遅れて内田は待ち合わせの場所に着き「相変わらずだな」と、久保は懐かしげな瞳をした。
渋谷駅前は通勤ラッシュアワーで人がごった返している。
「仕事には慣れたか?」
「――まあ、なんとか。」
久保に高津の仕事を担当しているとは言いにくくて内田は言葉を濁した。
「夢に着実に向かってるみたいで何よりだ。」
そう言葉にはしたものの、昔みたいに熱が入った口調ではなくて、どこか上滑りして聞こえる。
「どこか居酒屋にでも入るか……。」
足取りも重く、気だるそうなのは夏バテのせいだけではきっと無いだろう。
「――久保セン。」
「……何だ?」
「今日はトコトン付き合います。」
目は哀しみを湛えたままだったが、内田の気遣いに口元だけ久保は笑みをこぼした。
「――潰れんなよ?」
「……やっぱり、程々にさせてください。」
「何だよ、飲む前からもう弱音か?」
「だって、久保センも酒強そうだからさあ。」
「……他に誰が強かったんだ?」
内田はハッとして、口をパクつかせた。
「……い、今、付き合ってる彼女が強いんだよ。」
「――へえ、真奈美さんの方が強いのか。」
久保の言葉に大袈裟に首を振る。
「お兄さん、二人! 飲み放題、いかがっすかあ~。」
客引きの店員がメニューを片手に行く手を遮るから、久保は片眉をくいっと引き上げた。
「……いくら?」
「――飲み放題は割安で、どれを飲んでも999円です!」
久保はメニューをざっと見て、すぐに突き返す。
「……いい。他にする。」
久保がスタスタ歩き始めるから、茫然としている店員を余所に内田はその後に付いていく事にした。
そうやって何人かの店員と似たようなやり取りをしたあと、ようやく久保はOKを出す。
個室で話せる居酒屋を探していたらしい。
それ以降は貝のように口を閉ざし、個室に通してもらう間も、メニューを見てる間も、果てには注文の品を待つ間も、黙りこんで言葉は交わさなかった。
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