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他のテーブルは宴会みたいで騒いでいるのに、久保との飲みは酷く静かだった。
(――出会った頃の高津さんみたいだ。)
久保の表情は、能面のように感情が消えていて、ハイボールをただ無言で口にしている。
二人で個室待遇にも関わらず、かれこれ30分くらい久保が黙っているから、異様な緊張感が場を支配していた。
「……久保セン、次、何を飲みます?」
「――同じの。」
黙って飲み続ける久保に合わせて、内田も二杯目を注文する。
「ハイボールとカンパリオレンジで。」
久保は一瞬ピクリとして目を伏せると、再びハイボールの残りを口にした。
「――そういや、飲みに行って無いな。」
ボソリと呟き、久保の哀しげな雰囲気が色濃くなる。
「へ?」
「亜希にカンパリオレンジを強請られたのに、まだ飲みに連れてってなかったと思って……。」
目を伏せて、水っぽくなった残りを飲み干す。
「……亜希に会ったか?」
久保は空になったジョッキの氷をカラカラとさせながら、内田に訊ねた。
「――いえ、会ってはいないです。ただ、高津さんの所にいるのを確認しただけで……。」
「そうか。」
それだけ言うと氷を一つ口に含む。
冷たくて口の中の火照りを取っていく。
「……高津さんが、久保センの結婚は『急なんかじゃない』って言ってましたけど。本当の所、どうなんです?」
久保に会ったら、何よりも一番に聞きたかった事を、ようやくお酒に力を借りて訊ねる。
「――進藤の事、遊びだったんですか?」
カリカリと氷を砕いて飲み込んだ後、久保は肩を竦めた。
「……どうだろうな。」
頼むから「違う」と言ってほしいと思ったのに、久保の答えは歯切れの悪いものだった。
「――何……すか、それ。」
傷ついた顔を思い切りしてるのに、久保は「分からない」と繰り返す。
「確かに婚約の話は去年の秋には出始めた……。でも、俺は亜希を待っていたんだ。」
ほんの少し前の出来事なのに酷く昔に感じる。
「――もう、遅いけどな。」
カラカラと氷の音をさせて、久保はジョッキを机に置いた。
それと同じくらいのタイミングで店員が二杯目のハイボールと、追加で頼んだカンパリオレンジを持ってくる。
「――遅くないよ! まだ結婚したわけじゃないし、進藤を迎えに行けばいいじゃんか!」
内田が縋るように言っても、久保は諦めたような表情で首を横に振った。
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