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「浩介さん、くすぐったいよ……。」
わざと焦らすような唇と指先。
それらに蝕まれるようにして、何も考えられなくなる。
――我慢しなきゃ。
そう思うのに、だらしなく開いた口の端から声が漏れる。
――あらがえない。
やがて亜希が息苦しさにふらふらとすると、高津はくすくすと笑みを漏らすと、その身体を支えて唇を奪う。
「ん……ッ、む……?!」
――生クリームより濃厚なキス。
涙目になって逃れようとすると、余計に深く口付けられる。
「ん、ンーッ!!」
抗議するように高津の胸を叩くものの、やがてそれも動きが鈍り、しがみつくみたいにシャツを掴む。
――溺れる。
膝がガクガクと笑ってしまって立てない。
「――はい、おしまい。」
高津に解放されると、崩れるようにして椅子に腰を下ろす。
「――で、ここからは、ご褒美な。」
「ご褒……美……?」
「ああ。昨日、泣くのを我慢したご褒美だよ。」
――優しいキス。
まるで、傷付いている心を舐めて直そうとする猫みたいだ。
鬱ぎ込んでいた心が、徐々に解けていく。
昨夜から今朝まで。
高津が優しくしてくれても、作り笑いの仮面もうまく被れなくなっていた。
『幸せに、な。』
電話越しに聞いた久保の声は、苦しそうで。
あの一言が抜けない楔のように突き刺さっていて、心が悲鳴を上げていた。
――なんて残酷な言葉だろう。
――幸せに、だなんて。
そんな簡単に幸せになんてなれない。
――ううん。
――なりたくない。
亜希の頭の中は久保で埋まっていく。
昨夜、高津がどこかに電話に行ってる合間も、ぽろんぽろんと鳴るピアノの伴奏に心が揺れて痛かった。
あと少し高津が席に戻ってくるのが遅かったら、化粧が崩れてしまう前に、トイレにでも逃げ出してしまっただろう。
「亜希……。」
はっとした様子で高津を見つめる。
高津は少し哀しげな笑みを浮かべていた。
「――久保の事?」
高津の言葉に、ぴくりと頬を引きつらせる。
「図星みたいだな……。」
「ごめんなさい……。」
しかし、高津は優しい眼差しのままで首を小さく横に振る。
「――謝らなくていい。昨日の今日だ。思い出して当然だ。」
高津の胸元に頭を預けると、トクン、トクンと心音が響く。
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