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 辺りは朝の白っぽい光と、コーヒーの香りが立ちこめる。  ――世界はこんなに綺麗で優しいのに。 (迎えは、来ない……。)  久保との事を考えると、ぽっかりと空いた胸の穴から暗闇が顔を除かせる。 「……怖いよ。そんなに優しくされると見返りを要求されそうで。」  亜希の情熱は今や黒く変色し、冷え、固まり、硬い溶岩へと化して、ココロをゴツゴツと荒々しい姿に変えていく。  きっと完全に固まるのにはもう少しだ。  そして、そうなったら自分は「もう二度と誰も愛さない」と思うのだろう。 「――見返りなんていらないよ。」 「いらない?」 「……ああ。何かを貰ったら収賄になるって。」 「また、そんな事言って……。」  くすくすと笑う高津の腕の中は温かくて心地良い。 「ここに居てくれれば、それ以外には何もいらない。」  傷ついた亜希を抱き締め、胸に抱きながら高津は考える。  今朝はいつものような目覚めの悪さも無かった。  先日、あふれ出た胸の内にあるドロリとした溶岩のような情熱は、今はちょうど良い温かさだ。  上目遣いに見上げてくる亜希に小さく笑って目を細めると、彼女の肩まである髪を一束手にして口付けた。  ――彼女の香り。  ハラハラと落ちる髪の筋すら愛おしい。  どうしてこんなに亜希を求めるのか、自分でも分からない。  胸がツキンと痛む。  それと同じくして、久保の言葉が頭を擡げてくる。 『――亜希を頼みます。』  まるで、抜けない楔のようだ。 (アイツから「頼む」と言われるとは思っていなかった。)  こうなる事を誰よりも望んでいたのに。  ――思い通りにいかない。  亜希の心には久保が住んでいて、自分の入り込む余地などない。  ――どうしてアイツなんだ?  そう吐露してしまいたいものの、今の彼女にそれをぶつけたら、彼女はきっと壊れてしまうだろう。  カチコチと時計の針が出立の時間を指し示す。  高津は亜希を抱き締めながら、そっと耳元で囁いた。 「……今日も夜が遅いから、先に寝てて構わないよ。」  今は優しく真綿で包むように抱き締める事しか出来ない。  ――腑甲斐ない。  大事にしたいのに、その方法が分からない。
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