237人が本棚に入れています
本棚に追加
頬を撫でられていた。
何かに強く引き戻されて──それから?
目を開けると、そこは真っ白で何もない空間。
俺の目の前には、知らない女の人がいた。
俺より少しだけ、年上っぽい。
親しげに、いとおしむように俺の頬を撫でてくる。
めちゃめちゃ美人なんだけど、本当に見覚えがなくて。
困惑していると、その人は悪戯っぽく顔をくしゅっと崩して笑った。
『久しぶりね。元気だった?』
『……? ええ……』
どういう距離感で接したらいいか判らなくて、身じろぎする。
するとその人はおかしくてたまらないというように笑った。
『いやあね。他人行儀なんだから』
『……でも、だって』
『そういうところ、本当にあの人そっくり。食べちゃいたい』
その人は本気の視線を俺に注ぎながら、ぎゅっと鼻をつまんできた。
『……ちょっと、やめて』
『だって、久しぶりに会ったんだもの。もっといい子いい子ーってしたいのよ』
『……?』
すると、遠くから低い笑いが響いてきた。男の声だ。
『おい、そのへんにしないか。困ってるだろ』
女の人を嗜めながらも、その声は明らかに楽しんでいた。
『だって、あなたそっくりで、あなたより可愛らしくって。ついいじりたくなっちゃう』
『お前のものじゃないよ。早く帰してやれ』
『はーい』
クスクスと笑いながら、目の前の女の人は俺の肩をポンと押し返す。
『早く、お帰りなさい。あなたの還る場所はここじゃないでしょう』
やがて声ごと、白い空間が遠ざかっていく。
優しげに微笑みながら手を振る女の人の後ろに、デニムのポケットに手を突っ込んだ背の高い男がやってきて──俺を見て、口の端をニヤリと上げて笑った。
その人は、同性の俺から見ても腹が立つ程の色男だった。
.
最初のコメントを投稿しよう!