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「いえ、私は彼が起きるまで……」
かぶりを振ると、お母さんは息をついてあたしの隣に腰を下ろす。
そして、「はい」と紙コップの温かいお茶を差し出してくれる。
「あ、ありがとうございます……」
お茶をじっと見つめるだけで口にしようとしないあたしを見て、お母さんは首を傾げた。
「……飲まないの?」
「いえ、あの……その、彼、朝まで水分すら口にしてはいけないって……」
「ええ」
「でも、さっきからうなされながら言うんです。喉渇いたって……」
「……そう。可哀相だけど、仕方ないわね」
「なので、あ、あたしも朝まで一緒に頑張ろう、かと……」
お母さんが、軽く目を見開いた。
それを見ながら「すみません……」と縮こまる。
するとお母さんはあたしのの手からそっと紙コップを取ると、クスッと小さく笑った。
「じゃあ、これはもうすぐ来るうちの旦那に飲ませるわ」
「すみません……」
「いいのよ。息子のために可愛らしいことを言ってくれる方なのね、ってほっとした。ありがとう」
「いえ……元はと言えば、あたしのせいでこんな……」
「さっき、警察の方が見えてたんで話は聞いたわ。まだ意識はないし処置室から出られないと判って、帰ってしまったけど」
「……すみませんでした」
「あなたのせいじゃないでしょう。この子が強情だっただけよ」
強い口調でそう言いながら、仁志くんを見つめるお母さんの目はやわらかい色をたたえている。
仁志くんの何もかもを見てきた目だった。
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