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「昔からそう。学校で嫌なことがあっても、絶対に自分の口から言わないの。泣きもしないし、不平をこぼすこともなくて……かと思えば突然不登校を始めたり。一見真面目で優しい子なんだけど、何を考えているか判らなくて……随分悩まされたものよ」
「……判る気がします」
「この子ね、本当に父親にそっくりなのよ」
お母さんは、複雑な表情で仁志くんを見ていた。
「いいところの息子さんだったんだけど、とにかく頭と顔がよくてね。それで、女性には優しいものだから、結婚してからも女性の噂が絶えなくて」
「……そうなんですか」
聞いてはいけないことを聞いてしまっているような気がして、ますます小さくなる。
けれど婚約者だと言ってしまった以上、深く関わることを拒否することもできない。
「……でもね、この子の母親と出会ってから、家も仕事も何もかも捨てて彼女と一緒になるんだ、って……人が変わったみたいに潔くて、私、驚いたわ」
「……え?」
この子の、母親?
それはお母さんのことでは……と言いかけて、ハッと口をつぐんだ。
お母さんは今にも泣きそうな顔をして、あたしに微笑みかける。
「仁志はね、私の妹が産んだ子なの。この子を産んですぐ、両親とも事故で亡くなって──行き場のないこの子を、私達夫婦が実の子として育ててきたの」
カタン、と椅子から落ちそうになり、慌ててサイドテーブルに手をつく。
仁志くんと手を繋いだまま倒れるわけにはいかなかった。
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