230人が本棚に入れています
本棚に追加
親が子どもを捨てたり、子どもが大人になりきらないうちに親が亡くなってしなう。
それが、フィクションやニュースの中だけの世界ではないことくらい、あたしだって判っているつもりだった──けど。
「親の庇護がなくなった、ってだけでどうだ。中居家は崩壊だ。もちろん、親を亡くしても立派に生きてる人間はいる。家庭環境が最悪なのは、理由にならないってやつもいるだろうけど」
岳ちゃんはそこで一旦言葉を切って、グラスからそのまま直接コーラを飲んだ。
「……だけど、そんなの死ぬ程努力したからに決まってんだろ。親がいない分、幸せな家庭でゆったり育った人間の何倍も努力しなくちゃならねーんだ。普通あるはずのものが欠けるってのは、そういうことだ」
「……そうかも知れない……」
「だから、ハルはその普通の家庭に織部克行がいるわけじゃん。両親と、才能ある兄。その全部に可愛がられて育ったあんたが、そこらのつまんない女と同じわけないだろ」
「……へっ? 何、言って……」
岳ちゃんはグラスを持ったまま、それを酒の入ったロックグラスのようにカランと回した。
うどんを食べる手が完全に止まったあたしの顔を見ながら、ひとつ溜め息をつく。
「そこらの普通の女が、何年も前に知り合いが死んだ場所に花束なんて持ってこないよな──って。それだけの下地を持ってる女に違いないじゃん。……ホラ、俺がホレても仕方ないだろ?」
.
最初のコメントを投稿しよう!