行きつ、戻りつ。

6/12
前へ
/33ページ
次へ
   そういえばこの人、昨日はあれから一度も顔を見せなかったんだっけ。  久遠寺さんと会ったはずだけど、それはどうなったんだろう。  俺の視線に気付き、浅海さんはきょとんとする。 「? なに」 「昨日、会ったんですよね。どうなりました?」 「……あー……」  俺が切り出すと、浅海さんは眉尻を下げた。  そのいたたまれなさそうな表情で、芳しくなかったんだと即座に悟る。 「愛美と付き合ってる、って話どころじゃなかったよ……」 「……やっぱり。第一、謝りに来たんでしょう」 「それもあるけど」  俺達が久遠寺のことを誰にも話していないおかげで、彼女が罪に問われるということはたぶん今のところない。  だから、今久遠寺がどうしているかなんてこと、俺達にはさっぱり判らない。 「とりあえず、愛美と同じ学校に菜々子を置いておくわけにはいかないから、転校させるって言ってた」 「……まあ、でしょうね」  それはそうだ。たぶん、元のお嬢様学校に戻るのだろう。 「それからさ」 「?」  浅海さんは急に渋い顔をして、ジャージのポケットから紙切れを取り出した。 「何です、それ」 「お前、判って訊いてるだろ」 「……」  浅海さんがヒラヒラとその紙切れを取り出した時点で、察しはついていた。  銀行の名前と、久遠寺さんの名前がチラッと見えた。  使ったことはなくたって、この年齢になれば見たことくらいはあるものだ。 .
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

230人が本棚に入れています
本棚に追加