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久遠寺が自分で気付いてくれることを願って、口を噤んだ俺達の温情が伝わらないのなら……そう、伝えなければ。
俺は、夢の中で見た男の姿を思い出す。
あの真っすぐな目をした男の弟なら……判って欲しい。そう思う。
「馬鹿ですね。ものすごい大人なくせに、話の仕方も知らないんですね」
「お前も、そう思う? 俺が怒るの、間違ってない?」
浅海さんは、おずおずと俺の目を覗き込んだ。
……なんだ。どうやら浅海さんの中の罪悪感が、判断の邪魔をしているらしかった。
それは、一色と付き合っていること。
未成年、それも教え子とただならぬ関係でいる自分は、プライドを主張してはいけないんじゃないか……などと思ってしまったんだろう。
化学準備室で一色といかがわしいことをしてしまっているとはいえ、彼女とそんな関係になってしまうまでは、この体育教師が相当モラリストだったことを俺は知っている。
だからこそ、一色愛美が特別な相手ということなのに。
「間違ってませんよ。ただ、こっちも話の順番を間違えないようにしないと」
俺が肩を竦めてクッと小さく笑うと、浅海さんは急にポカンとした顔になる。
「……何ですか」
「いや、お前……悪徳弁護士みたいな顔してた、今。職業間違ったんじゃ……」
「……その小切手、俺が貰っていいですか。結婚資金にするんで」
「やっ、待て待て待て!」
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