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「でも、そうだね。言われてみたら月って、女性なのかも知れないね。ギリシャ神話ではお月様って女神様だし」
「じゃあ、太陽は男ってことになるのかな」
「そうだね。太陽って男性的かも」
陽香が頷くのを見ながら、俺は自分の言葉を撤回したくなってしまった。
「……いや、日本の神話じゃ太陽は女性だよ。月は男でいいや」
「どうしたの」
急に言葉を翻した俺を、陽香はきょとん……と目を丸くして見つめてくる。
そんな陽香の顔をちらりと見つめ返してから、俺は努めて平然と言葉を紡いだ。
「……だって、俺の人生に射した光は、陽香だから」
言ってから、じわじわと羞恥心が脇腹を刺してくる。
もうひとつ刺し傷ができるんじゃないだろうな……といたたまれない気持ちになっていると、陽香の手が俺の太股の上でぎゅっと握られた。
てっきり、一笑に付されるものだと思っていたのに、陽香の鼻をすする音が重くなる。
「陽香?」
「……やだ。こんなところで、そんなこと、言わないで」
とうとうこらえきれずに涙をぽとぽとと落とし出した陽香を見ながら、俺は小さく笑ってしまう。
周囲の人達は、月に夢中だ。
誰も俺達のことなんて気にしていないのは、もう承知だ。
隅っこのベンチを選んだ目に、狂いはなかった。
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