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「あ。見えた」
俺がぽつりと呟くと、陽香は「え……」と声を上げる。
ざわざわと騒がしい5階のテラス。
普段は煙草を吸う患者さんがここでこっそり休憩を取ったりしている、中庭的な広い空間には禁煙と貼り紙されているにもかかわらず、何故か灰皿が置かれていた。
芝が敷き詰められ、緑の香りが漂うくらい植樹が並んだ心地よいこの空間は、いつもは夜8時で施錠される。
が、今日ばかりは勝手が違うらしく、俺と陽香は堂々とそれに便乗していた。
晴れとは言われていたけど、どうにも雲が厚くてなかなか見えない。
──皆既月食。
いつもなら陽香は9時くらいで帰ってしまうけど、検温と採血以外は看護師さんがあまりに俺の部屋を放置するので、もう残って見てれば……と言った。
月食が終わるまで病院にいると終電がなくなってしまうけど、その手はもう打ってある。
澄んだ夜の空気の中にふうと溜め息をつきながら、早くからこのベンチを陣取っていた俺達は悠々と空を眺めていた。
今日はかなり冷えるから……とさっき陽香が売店でカイロを買ってきた時は“大げさだな”と思ったけど、今はあってよかったと思ってしまう。
「仁志くん、傷、痛まない? 無理だと思ったら言って」
「うん、大丈夫。カイロ3つも入ってるし」
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