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「前に、陽香がここにいてくれたのは──事件のあった日だっただろ?」
「あ……」
はっと顔を上げた陽香を、こちらに向かせる。
そのままもう一度前から抱きしめた。
……。愚かなことだと判っているんだけど、男という生き物は女の子の胸が身体に当たっただけで、何故こうも無駄に喜んでしまうんだろう……。
それでもそのふんわりとした感触が嬉しくて、深く溜め息をついた。
陽香は俺を見上げてくる。その瞳に応えるように、俺はふっと微笑んで見せた。
「それからずっと、病院だったから──なんか、それに慣れてたっていうか。陽香が俺の部屋にいるのが新鮮で、変な感じ」
「仁志くん……」
陽香の瞳が、じわっと潤んだ。
最近、彼女をこうして涙させてばかりだと思う。
どうしたら、笑ってもらえるだろうか。
そんなことを考えながら、やっぱり俺は愚かなことに陽香のその口唇に口付けることしか浮かばなかった。
だって、どうしたって言葉は気持ちに追いつけない。
今感じていることもうまく伝えることができなかったりするのに、俺と陽香は7年も離れてしまっていたんだ。
……まあ、それだって自業自得と言ってしまえば、それまでなんだけど。
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