そのくちびるから伝わるもの。

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  「……陽香、先に言っておくことがあるんだけど……」 「……、え……?」  はあ……と息を継ぎながら、陽香は俺をとろんと潤んだ瞳で見上げる。  俺はゆっくりと陽香の身体をベッドに倒しながら、その顔を覗き込んだ。 「……陽香にもらった、あのカーディガン……」 「うん……?」 「駄目にしたかも。ごめん……」  俺の腕の中で、陽香はぱちくりと瞬きを繰り返した。  実は、手術後に気付いた時には、あのピンクのロングカーディガンは脱がされ、どこに行ったのかすら判らなくなっていたのだ。  何人かの看護師さんに訊ねてはみたものの、カーディガンの行方を誰も知らなかった。  途方に暮れた俺は、その話題をついつい避けてしまっていたのだった。  すると、陽香はクスッと笑って俺の頬にそっと手を伸ばしてきた。 「……大丈夫。また着られるよ」 「えっ?」  陽香はそのまま俺の口唇にちゅっと口付ける。そのあまりの甘さに頭の中がぐわん、と揺れた。 「あたしが、預かってたの。血、落ちるか判らなかったんだけど……乾いてしまう前に漬け置き洗いをして、クリーニング屋さんに持っていったんだ」 「……うん」  陽香の頬を指先でするすると撫でながら、彼女の瞳を覗き込む。  俺しか映していないその瞳が、ふわりと優しく細められた。 .
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