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こっそりと溜め息をつきながらベンチに身体を預けると、ふと陽香が振り返る。
「ねえ、仁志くん」
「……ん?」
たった今まで自分の中に渦巻いていたいかがわしい欲望の存在を悟らせまいと、俺は何度も瞬きをした。
「中居さんのこと、聞いたんだけど……」
「……ああ」
陽香がそう切り出した瞬間、ばれたか……と思った。
隠しているわけではなかったけど、別に大っぴらにすることでもないから黙っていた。
陽香は俺のそういうところが気に入らなかったのか、一瞬で何のことか把握した俺を見て、むうっと怒った顔になる。
「ちょっと、話してくれたってよかったのに……」
「……」
それにはなんと答えたらいいか判らなくて、俯いて苦笑するしかなかった。
陽香が“話して欲しかった”と不満そうにするのは──俺が、中居に弁護士を紹介した話だろう。
手術の後、どうしたって中居が起訴されることは避けられないと刑事さんに聞いて、俺はその刑事さんに頼んであったのだ。
逮捕された時、私選弁護人がいない場合、国選弁護人がつくのだという話はあらかじめニュースなどで見た知識で知っていた。
けれど、中居のことはそういうふうに片付けるべきではないと思っていた。
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