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それよりも陽香の泣き顔を人目に晒したくない、ということの方が俺には重要だった。
それは陽香も同じだったらしく、俺の肩に頭を預けながらすん……と鼻を鳴らす。
「やっと自分で自由に歩けるようになってきたからって、立ち上がる時仁志くんが声も漏らさないで眉をちょっと寄せてるのを見る度、胸が、ぎゅううって」
「うん、ごめん」
「仁志くん、判ってるの? 看護師さん達だって言ってるんだよ」
「……? 何を?」
「坂田さんは、可哀相になるくらい我慢強いって。普通お腹に傷を作った若い人って、ヒイヒイ言いながら痛がるんだって。泣いて消毒を嫌がる人もいるくらい。でも、仁志くんは我慢し過ぎだって」
「……」
そんなつもりは、ないんだけど……。
確かに、最初の方の消毒は泣いてもいいんじゃないかと思うくらいの痛みはあった。
でも、消毒は感染症を防ぐための治療のひとつで、いたずらに痛みを与える行為じゃないし、それで声を上げるなんてのは──つまらないことなのかも知れないけど、俺のプライドが許さないだけの話だ。
「たくさんの患者さんを看てる看護師さんがそう言ってるんだよ。どれだけ我慢してるのかなって、それだけで泣きそうだよ、あたし」
「……うん……でもそれは人それぞれだし……」
「判ってる。声を上げて痛がったりするの、仁志くん自身が嫌なだけなんでしょ? あたしだって、それくらい判ってるよ」
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