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陽香はまたグスッと鼻を鳴らす。
泣くのをひたすら我慢しているのは判るが、寒さが拍車をかけてしまっているようだった。
「……だけど、あたしにだけは、言って欲しい……」
彼女は知りたいんだ。
俺の中の変化のその全てを。今の話なら、消毒が痛くて嫌だった……と、ぼやいてみるだけでもいいのだろう。
俺の中に、中居の罪が少しでも軽くなるようにと動いた気持ちがあった──。
それを、いち早く俺の口から聞きたかったんだ、陽香は。
俺は口の中でらしくなく小さな声で「……くそ」と呟いて、陽香のうなじにそっと指先を這わせた。
俺に上半身を預けながら、陽香は一瞬だけピクリと反応する。
──何でここ、病院なんだろうか。
もう何度目か判らないその問いが、途端にブーメランのように戻ってくる。
すると、暗い庭園でわあっと歓声が上がった。
「欠けてきた欠けてきた!」
口々にそう言う人達にならって、俺と陽香も月を見上げる。
すると、高い場所で白く輝く丸い月に、黒い影が差し始めているのが肉眼でも確認できた。
黒い闇が、輝く月に取り付いてじわじわと侵食し始めているようだ。
「……すごいね」
「うん……」
俺と陽香は、しばらく何も言わずにその月を眺めていた。
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