第一章 再会

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「遺言を書くってこと」 「そうです」 「でも、いきなり遺言なんて」 「みなさん同じことを言われますね。しかし、決めておいたほうが良い事柄もありますよ」 「というと」 「例えば、相続財産が自宅しかない場合、なにも決めていないと相続人が権利を主張しあって、法定相続割合で分けざるを得ないとなると、売却して現金にしようということになりかねません。そのようなことを避けるために、取りあえず、すべて配偶者に相続すると決めておけば、遺言は尊重されるので、少なくとも換金して分けようとは言いにくいでしょうね」 「そうか。なるほどね」 「無意味な権利主張による争いを防ぐためにも有効な手段だと思います」 ワイの明確な説明に少し安心をした。 「ところで」 ミイはプランニングノートを見開いて言った。 「入院や大きな手術をする際のことを書き残しておくのはいいけれど、尊厳死や葬儀のことなんて縁起が悪くて話なんかできないよ」 「そうでしょうね。何も考えたくもないようなことは無理に書かなくてもいいですよ。これからの話をするきっかけですから」 「きっかけねぇ・・・・」 「葬式のときに何か希望があるとか、呼んで欲しくない人がいるとか、そういうことから具体的になっていくでしょうね」 ミイは、一通り目を通り終わるとバインダーを机の上に置き、おもむろに腕組みをした。 結局、商品の紹介をしているように聞こえたのだ。 「便利なものを作られましたね」 ミイは売り込みを避けようと愛想笑いを浮かべて言った。 「そう言っていただくと作った私も嬉しいです」 ワイも笑顔で返す。 「ところでこのノートは、ワイさんが売っているものなんでしょ。いくらなの」 「9,800円で販売しています」 やっぱり。その手は食わないわよ。 「…今回は差し上げますので、どうぞ使ってください」 ワイは右手を差し出して答えた。 意外な回答にミイは肩を透かされた感じがした。 「え…。でも、悪いからきちんとお支払したほうが・・・」 とっさに意に反した言葉を返す。 「いえいえ、結構です。まずはミイさんのお役に立てることが先決ですから」  どうやら本心のようである。 「・・・」 上目遣いにワイを見ながら、少し遠慮気味にノートの手を伸ばした。
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