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「君は嘘が苦手なようだ。そんな所が好かれる部分、人間的に憧れる部分だ、大事にするといい。我々に悟られまいとする女心は端から見れば酒の肴には十分」
「もう! 私から見えないんだから尻尾がどうとか言われても解りません!」
「解らなくても良い事があるかもしれない、それを知ってしまうと元のままという訳にもいかない、かもしれない」
「私は白黒ははっきりつけたいんです」
「灰色の君が言うと説得力に些か欠ける。それに男というのは優柔不断で白か黒の決断を下すのは難しい。子供だからか、白と黒の間、灰色が一番好きなんだ」
店長の煙に巻くような言葉の羅列に食って掛かるオルカだが綺麗に載せられるトレイの上に置かれた色とりどりのお酒がそれを邪魔する。
言葉も無く、グラスを拭き始めるマスターにスッキリしない表情を浮かべながら元の卓へと歩いてくオルカ。その後ろの尻尾は逆立っており不機嫌を示しているようでマスターは小さく笑みを零す。
それでもすぐに笑顔になり、笑い声が溢れる酒場での看板娘として仕事に戻れば一級品。
飛ぶように酒が売れ、お店を閉めるまで笑い声は止まない。
「マスター、色々考えたんですけど、やっぱり白黒はっきりつけた方が――」
「ホットミルク。良い物が手に入ったんだよ、少し味見してくれないか?」
「頂きます」
「なんでも白と黒で物事を測れたらどれだけ良いだろう、そんな風に若い頃は思っていた。だが大人になるとそれだけじゃ無理だということに気付いてしまった、それに気付いたらつまらない大人になってしまった、そんな気がするよ」
小さなマグカップに注がれたホットミルクがオルカの顔を映し、香る甘い匂いが空気を弛緩させ心を穏やかにさせる。
一人語り始めるマスターの言葉を聞き取りながら熱々のミルクを飲むオルカはマスターから哀愁を感じるのだ、まるで過去を後悔しているような大人が持つ色香とか雰囲気と置き換えてもいいかもしれない。
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