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「璃子、立てるか?」
和也さんは、優しく声をかけると、右手であたしの鞄とケーキの袋を持ち、左手であたしの右腕を持って立ち上がらせた。
次の瞬間、あたしは和也さんの腕を払いのけた。
「イヤッ!」
一瞬で罪悪感に駆られたあたしは、すぐに謝った。
「ごっごめんなさい」
「どうした?」
突然払われた手に、驚いた和也さんが、それでも穏やかに尋ねる。
あたしは、手の震えが止まらない。
「スーツから、冴子さんの香水の匂いがします」
そう。和也さんの左腕は、さっき冴子さんが腕を絡めていた方の腕。
一瞬眉間にシワをよせた和也さんは、サッとジャケットを脱ぎ、鞄と袋とを一緒に左腕で持つと、あたしの腰に右腕を回して
「帰ろう」
と、呟き、あたしを支えながらエントランスに向かった。
あたし……何やってるんだろう。
優輝さんとのキスを見られたかもしれないのに、つい冴子さんの残り香に過敏に反応して
和也さんの優しさまでもを払いのけた。
あたしは、『別れ』を切り出される覚悟をした。
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