【Mai】

2/7
前へ
/30ページ
次へ
 芸術図書館の棚いっぱいの本が放つ古い紙の匂いが、僕を落ち着かせる。 「あなた綺麗ね」  声を掛けられて振り向くと、ブルネットの髪をラフに纏め上げた若い女性が、僕に向かって微笑みかけていた。  無視して離れようとしたら、いきなり腕を掴んできた。 「何?」  棘のある声で言ったつもりだったのに、気にする様子もない。 「いつもここで写真集を見ているわよね。モデルになってくれない。これの」  彼女は首からぶら下げた一眼レフを、持ち上げて見せた。 「私ね、こういう写真を撮っているの」  彼女が手を離した隙に立ち去るべきだったのかもしれない。写真を目にした僕の足は、そこから動くことをやめてしまったから。  カバンから出されたアルバムは、白と黒の二色だけで構築されていた。黒の濃淡と光、それらが世界を鮮やかに彩っている。写真の中に切り取られた世界は、僕が見ているこの世界よりずっと美しかった。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

90人が本棚に入れています
本棚に追加