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芸術図書館の棚いっぱいの本が放つ古い紙の匂いが、僕を落ち着かせる。
「あなた綺麗ね」
声を掛けられて振り向くと、ブルネットの髪をラフに纏め上げた若い女性が、僕に向かって微笑みかけていた。
無視して離れようとしたら、いきなり腕を掴んできた。
「何?」
棘のある声で言ったつもりだったのに、気にする様子もない。
「いつもここで写真集を見ているわよね。モデルになってくれない。これの」
彼女は首からぶら下げた一眼レフを、持ち上げて見せた。
「私ね、こういう写真を撮っているの」
彼女が手を離した隙に立ち去るべきだったのかもしれない。写真を目にした僕の足は、そこから動くことをやめてしまったから。
カバンから出されたアルバムは、白と黒の二色だけで構築されていた。黒の濃淡と光、それらが世界を鮮やかに彩っている。写真の中に切り取られた世界は、僕が見ているこの世界よりずっと美しかった。
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