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「あなたは知らないかもしれないけれど、私たちはよくこの図書館で会っているの」
「まるでストーカーだね」
「ストーキングまではしていないわ」
素っ気ない態度を取りながらも、僕は彼女の目を通したら自分がどう見えるのかを考えていた。僕のつまらない毎日も、彼女の目を通したら美しい世界に変わるんだろうか。
「わかった。一枚だけならいいよ」
もう断るつもりはなかったけれど、乗り気じゃなさそうに返事をした。
「ありがとう。でももうちょっと撮らせて欲しいな。悪い写真は撮らないから」
「強引だって言われない?」
「よく言われる」
嫌味を言ったつもりだったのに、彼女は悪びれもなく言う。
「私はリディー、あなたは?」
「冬吾」
「トーゴ。フランス語が上手いわね。ずっとパリに住んでいるの?」
「いや、少し前まで日本に住んでいたよ」
「日本人なんだ。トーゴみたいにやる気のなさそうな雰囲気の日本人には会ったことなかったわ。彼らってほらもっと真面目な」
「それ悪口? 写真、撮りたくないの」
「褒めているの。普通の人なんて撮っても面白くないでしょ」
リディーは僕の手を掴むと、さっさと歩き出す。
「あのさ、何で僕があなたと手を繋がなきゃいけないわけ」
「だって逃げそうだもの」
「別に逃げないよ」
「嘘。今にも帰りたそうな顔をしているわ」
この自分勝手で強引なカメラマンから、逃げようという気はもうなかったけれど、素直になれない僕は、抵抗するふりを続けた。
リディーはぐいぐいと僕を引っ張っていく。
「華奢に見えるのに、随分と力があるんだね」
「それ褒めているの。それとも貶しているの?」
「どうだろう。どっちもかな」
彼女は図書館を出たところで立ち止まり、ようやく僕の手を離した。
「私ね、トーゴと一度話してみたかったの」
「どうして」
「撮ったら綺麗だろうなって気になっていたの」
明るい笑顔で彼女は笑う。リディーは常に笑っている。彼女といると、僕までつられて笑いそうになるくらい。
「早く行こ」
「どこに行くの。僕、自転車なんだけど」
「じゃあ、乗せて」
そう言うと、さっさと駐輪場に駆け出す。
「トーゴ早く! 日が暮れたら撮れないんだから」
「そんな簡単に太陽は沈まないよ。まだ日が長いんだから」
「そういえばそっか」
僕より年上に見えるのに、なんだか子どもみたいな人だ。
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