【Mai】

4/7
前へ
/30ページ
次へ
「で、どうして僕があなたを乗せて走らなきゃいけないの。しかも揺らさないでよ」  必死に自転車のペダルを漕ぐ僕の腰に手をまわして、リディーは鼻歌を歌いながら楽しそうにからだを揺らす。 「いいじゃない乗せてくれたって。ふたりのほうが楽しいでしょ」 「疲れるだけで楽しくないよ。本当に自分勝手な人だな」  リディーに連れられてやってきたのは、シャンゼリゼ通りにある大きな公園だった。  ベンチに座って本を読む人、ジョギングをする人、日陰で眠る人。皆思い思いに過ごしている。 「好きにしていていいから」  リディーはそう言うと、カメラを構え、ファインダーを覗き込む。 「好きにって、写真を撮るんじゃないの」 「撮るけど、普通にしていてくれていたほうがいいの。カメラがあることは気にしないで」  カメラからひょこっと顔を覗かせて、リディーは言う。  普通にって言われてもからだに力が入ってぎこちなくなる。 「固くなりすぎ! いつもみたいに何もかも面倒でだるいって感じでいいの」 「何それ。僕っていつもそんなふうに見えるの」 「知らなかったの? でも、そんなところがトーゴの魅力だから気にしないで」  僕を振り回してばかりいるリディーを、ちょっとだけ困らせやりたくなった。 「じゃあ一緒に走ろう。ほら」  カメラを構えるリディーの手を掴んで、公園を走り出した。初夏の風が木々の緑を揺らし、耳に心地よい音を立てる。 「ちょっと。トーゴ早い! 待って」  体を押すような風が気持ちいい。僕はリディーの声を無視して、ただ夢中で走った。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

90人が本棚に入れています
本棚に追加