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「で、どうして僕があなたを乗せて走らなきゃいけないの。しかも揺らさないでよ」
必死に自転車のペダルを漕ぐ僕の腰に手をまわして、リディーは鼻歌を歌いながら楽しそうにからだを揺らす。
「いいじゃない乗せてくれたって。ふたりのほうが楽しいでしょ」
「疲れるだけで楽しくないよ。本当に自分勝手な人だな」
リディーに連れられてやってきたのは、シャンゼリゼ通りにある大きな公園だった。
ベンチに座って本を読む人、ジョギングをする人、日陰で眠る人。皆思い思いに過ごしている。
「好きにしていていいから」
リディーはそう言うと、カメラを構え、ファインダーを覗き込む。
「好きにって、写真を撮るんじゃないの」
「撮るけど、普通にしていてくれていたほうがいいの。カメラがあることは気にしないで」
カメラからひょこっと顔を覗かせて、リディーは言う。
普通にって言われてもからだに力が入ってぎこちなくなる。
「固くなりすぎ! いつもみたいに何もかも面倒でだるいって感じでいいの」
「何それ。僕っていつもそんなふうに見えるの」
「知らなかったの? でも、そんなところがトーゴの魅力だから気にしないで」
僕を振り回してばかりいるリディーを、ちょっとだけ困らせやりたくなった。
「じゃあ一緒に走ろう。ほら」
カメラを構えるリディーの手を掴んで、公園を走り出した。初夏の風が木々の緑を揺らし、耳に心地よい音を立てる。
「ちょっと。トーゴ早い! 待って」
体を押すような風が気持ちいい。僕はリディーの声を無視して、ただ夢中で走った。
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