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【Juin】
本を借りてからリディーを探してみたけれど、どこにもいなかった。
あんな約束とも言えない約束を信じるなんて、馬鹿だな。時間だって決めていなかったのに。曖昧な返事しかしなかったのは、僕のほうなんだから、彼女が来なくても、責められない。だいたい雨の日に写真なんて撮るわけがないじゃないか。
そう思いながらも、約束の土曜日に図書館へ足を運んでしまった自分に苦笑する。たった一回会っただけだし、彼女のことをよく知りもしないのに、どうかしている。
僕はリディーの写真に強く惹かれていた。屈託のない笑顔にも。彼女なら、僕をこのつまらない世界から連れ出してくれるんじゃないかと思っていたんだ。そんなこと、あるわけがないのに。
僕は短いため息を吐いた。重い足取りのまま図書館を出ようとすると、突然視界が塞がれる。
びっくりして体を強張らせた僕を、あの甘い香りが包んだ。
振り返らなくてもわかる。リディーだ。嗅覚ってすごいなと思った。
「そのまま帰っちゃうの」
クスクスと笑いながら、リディーは手を離して僕を覗きこむ。
「僕が探していたのずっと見ていたの? 悪趣味だなあ」
「だって、私だけが探していたら、寂しいじゃない」
「何それ」
僕だって、自分だけ探しているなんて寂しいのにな。でもリディーの笑顔を見たら、怒る気にはなれなかった。
「行こ。今日は家で撮るから」
「家って、リディーの?」
「そう。雨だし、部屋で寛いでいる写真を撮りたいの」
リディーは僕の手を掴み、また返事も聞かずに引っ張って行く。彼女の変わらない強引さに、僕は安堵していた。
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