第12話 ~春嵐散花(シュンランサンゲ)~

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「至らぬところございましょうが、どうぞよろしくお導き下さいませ」 愛らしく鈴の音のように凛とした声で朗々と口上を述べた後、三つ指着いて深々とお辞儀をする。 その堂々とした態度に、彼女を唯の愛玩具だと侮る愚か者は誰一人として居なかった。 彼女にどう取り居るか、どう利用するか。その算段を頭の中で掛け巡らせながら、一人また一人と個別に挨拶に上がる。 目の見えぬ月華の希望により全員が名を名乗った後、その白くすべらかな手の平に己が片手を乗せてゆく。 希少な香を炊き締めた月華の芳しい薫りと、その柔らかな手の感触に下腹部に熱の集まるのを感じた男は多かった。 その直後に彼女の隣に佇む愁一郎から、底冷えのするような殺気を浴びせられる事となるのだが。 全ての人間と面通りを終えるまで、その繰り返しを重ねるのだった。 相当の時間を掛けて終えた後。最後に月華に対面したのはあろうことか、嫡男の雪(セツ)その人だ。 「義母上。この度は父愁一郎とのご成婚誠におめでとう御座います。我が深水家の血を受け継ぐお子を宿された大切なお身体、何よりも御身優先に健やかにお過ごしください」 そう述べて恭しく彼女の手を取り、頭(コウベ)を垂れて額を着ける。 まるで祈りを捧げているかのように。 嫡男である雪(セツ)が月華を認めた事により、彼女が深水家当主の正妻の座に収まる事に異を唱える者は居なくなる。 雪(セツ)が出来る唯一最大の贈り物であることは、当人同士言葉に出さなくとも。 触れている手から痛いほど伝わっていた。 この日が、深水雪(フカミセツ)と月華最後の逢瀬になるとは。誰が予測できたであろうか。 桜の花の舞う、季節であった---
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