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慌てて本宅に戻り、自室へ籠る。自分のした行為を思うと疾しい気持ちで一杯だったが、それ以上に彼女に触れた興奮の方が勝っていた。
ーーーー柔らかかった。
そっと自分の唇に手を当ててみる。まだ彼女に触れた感触が残っている。ムズムズとどうしようもない気持ちが、身の内から湧き上がるのを感じた。
気付かれただろうか。嫌悪感を持たれやしなかったろうか。ドキドキと鳴りやまない胸に手を当て、わずかに移った彼女の香りにまた、落ち着かない気持ちになってしまったのだった。
何か柔らかいものが唇に押し当てられ、月華は午睡のまどろみから覚めてしまった。
ーーーーー?
慌てて走り去る足音と、ふわり漂う花の香り。手でその匂いの元を探り、そっと鼻に当ててみる。
芍薬(シャクヤク)。
花言葉は、『はにかみ』。
偶然だろうが、その花言葉をもつ花を届けてくれた少年。はにかんだ少年の顔が目に浮かぶようだった。どんな顔をしているのだろうか。
初めて愁一郎以外の人間に興味を持った事に気付かず、月華はその甘く艶やかな香りを胸いっぱい吸い込んだ。
チリン。
鈴を鳴らして世話係を呼ぶと、
「これを処分して。犬かなにかが運んだみたい」
そう言うと芍薬を差し出した。ハッと世話係の息を飲む音が聞こえ、
「・・・迷い犬が傷つけられないようにしないといけませんね」
月華の意図を察してすぐに芍薬を薪にくべに行った。
「・・・もう来ちゃ駄目」
そう呟く自分が、また少年が訪れる予感を嬉しく感じてしまっていることに気付いていない。
自分に関して恐ろしく目端のきく愁一郎が、この花を見逃す訳がない。自分が去った時と寸分変わらぬ状態どうか、恐ろしいくらい敏感に悟ってしまうだろう。
いつもと何も変わらない。
ただ愁一郎を待つだけの自分。
それでいいのだと、世界の全てだと、自分に言い聞かせたーーー
その夜また遅くに、愁一郎が現れた。
「愁」
いつものように甘えて腕を伸ばす。
「眠っていても良いのですよ」
そう言いながら月華を抱きよせ、嬉しそうにその首筋に顔を埋める。月華の髪の匂いを心ゆくまで嗅ぎ、耳元に口付をし、そのまま頬に滑らせ唇に近付け囁く。
「髪を洗ったのですね」
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