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皆は知らない。
毎夜その離れで行われている事を。
「もっと、良い声で啼いてごらん」
「しゅ・・・う」
部屋中に響く激しく熱く、甘い吐息・・・
いつの頃からか、その屋敷奥深くの離れには『天上の花が咲いている』と噂があった。
その離れには屋敷の主人以外誰も近づけず、妻女子息に関しても、決して近づかないように厳命されていた。
もとより政略結婚である妻側への条件として、『離れに関して一切の干渉無用』というのが、第一の条件であった。
破れば妻の実家との交友はおろか融資さえ打ち切り、一族郎党に至るまで破滅に落とすと言われれば、守るにたやすい約束であった。
屋敷の主人ーーー深水 愁一郎(フカミ シュウイチロウ)は、はたして非道な男であろうか。
否、すっきりとした鼻梁に柔らかな笑みを湛える唇は形よく、憂いを含んだ薄茶色の瞳は澄み切って・・・
長身で引き締まった身体はしなやかで、どこか豹を思わせる妖しさを思わせる。
常に物腰柔らかく、身分の上下に関わらず人に接する彼を嫌うものなど、老若男女問わずいなかった。
その彼の唯一と言っていい程の命と言うなら、ささいなことでもあるせいか異を唱える者などなかった。
妻も政略とはいえ優しく接してくれ、子まで成した夫のささいなこだわりなど気にも留めていなかった。
自分に関係のないことと割り切り、我関せず離れなど存在しないかのように、生活していた。
たとえ子が生まれてから夫に求められることが無くなっていたとしても。
たとえ子が生まれやすい時にしか、触れられていなかったのだとしても。
自分の今の生活さえ保障されているならば、何の問題もないのだ。
そういうように躾けられていたし、自分の親をはじめ周りのみなそうであった。
ただ、子供には関係のない話だった。
好奇心と冒険心の兼ね備えた子供にとって、屋敷の謎や大人たちの隠しごとなど、本の世界以上に興味をそそられるものだった。
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