第5話 ~花煩(ハナワズラ)い~

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先日少年が愁一郎に見つかりそうになってから、少年の訪れがパタリと止んでしまった。 月華は縁側にあてもなくなく座り、一日とはこんなに空虚に長いものかと考える。 あの日無理矢理ここで愁一郎に抱かれてから来ないと云う事は、恐らく知られてしまったのだろう。 一番知られたくない人に知られてしまったということが、ことさら身に堪えた。 ---もうお花は持ってきてくれないわね 少年がもう来ない事が良い事なのに、この寂寥(セキリョウ)感はなんだろう。心に大きな穴が空いたようだ。 そっと自分の胸に手を当ててみる。 今は愁一郎も忙しいのか、あの後一、二度ほどしか訪れていない。 彼が忙しい時には良くある事で、今まで別段何も感じなかったはずなのだが。最近は特に一人の時間を持て余していた。 目が見えれば読書などで暇を潰せただろうが、見えぬ目で出来る事は知れている。 このまま誰も訪れず、独り朽ち果ててしまうのだろうか。誰かが来なければ、他人と触れあう事もないのだと、その事実に今更気付き、言いようもない不安と恐れが背後から押し寄せてきた。 何か出来ないか・・・ フト思いつき、世話係を呼び寄せる。 「組み紐・・・でございますか?」 昔幼い頃近所の老婆が編んでいたのを思い出した。見よう見まねで編ませてもらったりもしたので、おぼろげながら覚えている。 上手に出来なくてもかまわない。誰に献上する訳でも売る訳でもないのだ。 時間なら嫌というほどある。 月華の望むものは全て与えよと云う愁一郎の厳命が、初めて行使される事となった。 世話係が屋敷の執事にそれを告げに行くと、快く承諾してくれすぐに手配の事となった。 その帰り道、本邸の使用人にこっそりと打ち明けられた内容に、驚きで声を上げそうになってしまう。 「雪坊ちゃまが・・・」 あの日現場に居た使用人から、どうやら雪が離れに行った事が愁一郎に知られ、肋骨を折るほどの折檻を受けたという。 やはりあの男はあそこに人が居るのを勘付いて居たのだ。 恐ろしい程に勘の鋭い男。騙せるはずもなかった。 容体を訪ねると、奥方に秘密にするために、懇意にしている黎家の元へ行っているのだという。 まだ戻って来ない所を見ると、まだ良くないのだろう。月華に会いたくても会えぬのだ。
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