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ごうごうと耳元で唸る風も目眩を起こしそうな高低さ激しい揺れも、奥歯を噛み締め耐える。己の前に座る姉上は些少なりとも風が厳しい筈だが、キッと眼を見開きものともせず。すり抜ける風景にただ神経を張り巡らせている。林を抜け谷を越え、森に入り辺りが薄暗くなると姉上は速度を落とさせ犬を歩かせる。
「有住、大事ないな?」
「はい、姉上は…愚問ですね。」
「まぁ頑丈さが取り柄のようなものだしな、犬はここにおいて行く。もう暫しだ、酷使する意味もあるまい。」
ひらりと飛び降りる姉上に続き、歩みを止め大きく呼吸を繰り返す犬から降り立ち労いを込め額をなぜると、そのまま座り込み疲れたのであろう寝息をたて始めた。それを見届け先を歩む姉上の横に並び歩みを進めると辺りは開け、木々の隙間から僅かだが光が差し込んでいる。鬱蒼と繁る草は己の背丈をゆうに越え、さらに進めば金鳳花が辺り一面を覆い尽くしている。
「触るなよ、触れれば皮膚がかぶれ爛れるぞ。」
「存じておりますれば、多年草といえこのように量が多いと圧巻ですね。」
「栄誉と栄光の花もここまで露骨であれば滑稽で醜悪よな。姿らしく小さく纏まっておればまだ可愛げもあろうに。」
「姉上は金鳳花はお嫌いですか」
「そうさな…雛菊は好ましい」
「成る程 姉上はよく己に雛菊を模した物を下さいますね。己もつい花を選ぶ時雛菊を探してしまいます。ですが…己は金鳳花も好ましく思います。」
「さようか」
歩みを止めず話す姉上の横顔は僅かに苦悶の色を浮かべ、金鳳花に嫌な思い出があるのか中傷の言葉を吐く。しかし更に歪められ下がる頭に己は、ただ思ったままを告げることしか出来なかった。それでもそれは正しかったのか、苦笑し此方を見やる姉上はいつも通り己の眼をひたと見据え、グシャリと大きく頭をなぜられた。会話につれ少なくなる金鳳花と入れ違いに増えてゆく大小様々で危険な色合いの茸。視界が茸で埋め尽くされる頃、鼻先程の高さの平らな…紅天狗岳に似た茸とその上で気だるそうに水煙草を吸う六尺(約1.8m)の芋虫と目があった。
この世界には巨大・群生以外の選択肢は無いのだろうか。
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