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林道を抜け丘を登り無言のまま千軍万馬(姉上の愛馬だ)を走らせる姉上を見失わぬようひたすら己の馬を操る。辺りは木々が深く生い茂り昼前だというのに薄暗く地面ははて雨でも降ったのか泥濘頼りない。泥を撥ね飛ばしああ後で馬耳東風を洗車せねばと心に決めたところでようよう拓けた場所に出た。小高い丘に一本の大樹がどっしりと根を卸しなんとも言えぬ威圧感を放っている。
「このような場所に神木ですか?」
馬から降り手でなぜれば千軍万馬と馬耳東風は手近な場所で草を食むこれらは賢いゆえ繋がずとも良いだろう。さて、と手を打ち風呂敷を抱え神木の根本に座る姉上の元へと近づく
「して、何故このような?意味もなく、と言うのは姉上に致しましては些か無理があるかと。」
「まぁ、座れ。」
どこか遠くを見つめながら姉上は自分の座る隣を軽く叩く。言われるままに腰を下ろせば隣から深いため息が聞こえる
「つい一昨々日の事だ、なんとは無しにここへ辿り着き...今思えば導きという物だったのかもしれぬ。神木の根元にて千軍万馬と共に休息をとっておった、その時にうたた寝でもしたのだろう。夢を見てな?」
その時の事を思い出しているのか段々と眉間の皺が深くなっている
「途中までは順調だったのだ。なのに突然、<一人足らぬ>と言われてな。」
「まさか」
「そのまさかだ」
晴れやかな姉上の笑顔が向けられた途端腰を下ろしていた筈の木の根も巨大な神木も何もかもが消え失せ、高笑いする姉上と共に己は頭から黒く深い穴へと落ちていく。謀ったな姉上!何が遠駆けか!!上も下も解らぬ穴の中で只一つ己の抱える風呂敷だけは手放さぬようしかと抱え込み、家を出る前の母上の笑顔を想いだし...あれヤベェこれ走馬灯じゃね?
「ふむ、そろそろ着くぞ」
己が半泣きで走馬灯を巡らせている間高笑いしていた姉上が器用に体勢を調えたため慌ててそれに習い落下の衝撃を待つ。そう言えばかなり深く落ちていた気がするのだが
「あの、姉う」
ぼふっと形容しがたい音と身体の沈む感覚に言葉が途切れる。何やらとても厚みのある風船の上に落ちたようだった。色鮮やかなそれは幼き頃姉上に割られた紙風船と同じ色彩を持ち、降り立った足元には隙間無く大小様々な紙風船が転がっている。見上げると果てない黒が覆い浸くしゆらゆらと多くの紙風船が止めどなく落ちてくる。
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