私の眼の中の悪魔

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 私は推定時速60kmで宙を飛びながら、自分の短い人生について思いを馳せていた。 「別に楽しい人生じゃなかったな」  私の17年の人生……とてもイベントの少ない平坦な人生、その中での数少ないトピックス強いて挙げるならば――両親の離婚、親友の自殺、そして……後はせいぜい、アイスの当たりを引いたとか、1000円札を拾ったとかいった、数うるに値しない小さな出来事ばかり……だ。  だから――  こんなに必要ないと思う。私にはこの時間が。  この時間――つまり……  中央分離帯にいた子猫を助けようとして、ダンプカーにはねられ、宙を吹っ飛んでいる私に訪れた走馬灯、スローモーションで物理法則が働いているのを、加速度的思考で感じているこの考察時間。 「振り返ることなんて、そんなにないんです神様」  私はそうつぶやいた。正確にはそうつぶやこうとした。がしかし、私の唇はピクリとも動かなかった――それもそのはず、ダンプにはねられて、私の顔面は、その面積の半分以上も吹き飛んでしまっていたのだから……口を開く運動機能などきっと、あの2m先の上空を飛来していく、私の脳の飛び散りのどっかに、収まっていたに違いない。 (一体この時間は何?)  私は苛立ちを覚えていた。 (どうせ死ぬなら、早くして欲しいものだ)    そう素朴に思った。  どうせ死後のセカイなんて存在しないに違いない。さっき思わず「神様っ!」なんて口走ったけど、それも実在しないはずだ。 (では現に今こうして、私に奇跡的な体験をさせている存在は……一体何なのだろうか???)  神でも仏でもないなにか……超自然的な存在だろうか?いや、そもそもそういった第三者の力が働いてのこの状況ではなくって、人間本来が持ち合わせている能力が、こうした謎時間を生み出しているのだろうか? (分からない)  また、分かりたくもない。何しろ、どうせ私は今から死ぬのだから。 (嫌な顔をしている……な)  嫌な顔――悪意に満ちた笑顔、それはダンプの運転手の顔である。 (わざとはねたんじゃないだろうか?)  そう私に思わせるほどに、運転手の顔は禍々しかった。
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