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「それは……そのままだ。何年たっても何十年たってもそのままだ……」
そんな質問に答えられてしまった自分がおかしく思えた。人間の死体を前にして、脳が正常であろうと努力してしまっているのか。
「実は人間は本来そうではなかったんだよ。シイタ」
「……?」
「人間は本来、死んだら骨になる。その仮定の醜さは想像を絶するよ。死体は固まり、冷たくなり、緑色になり、臭くなり、そして皮膚が骨から削げ落ちるんだ。有機物から無機物へ変わる。そして最後には石だけになる。それが本来の、人間のあるべき姿だ。この世界は少し美化する事を覚えすぎて本来の姿を取り壊してしまっている」
「それが……あんたの新しい論文か? だからセイナちゃんを殺したのか……?」
どういう感情で自分の言葉が震えているのかシイタには分からなかった。あまりに混ざりに混ざった心が化学反応を起こして魔法のように言葉に乗っかる。
「セイナちゃんは……あんたを好きだったのに……真面目に生きていただけだったのに……俺達同様、あんたを信じていただけだったのに……!」
「“鬼枷(ハートキャッチ)”」
「ぐっ……!?」
突然身体の自由が効かなくなり、手足を見えない力で抑えられそのまま倒れこむシイタ。この魔法は軍事学校で習うレベルの高度呪文。先程先生に掛けられた枷の数十倍もの力が加わっている。
これだけの力をあの男は、いたいけな女の子一人殺すために使ったと言うのか――。
「静かにな。人払いをしてあるが、万が一という事もある」
女の子一人殺しておいて、随分とさっぱりした印象だった。何気なく、空間端末の手を進めるだけだ。
「なんでこんな事をしたか。まあそれを聞きたいんだろう。出来ればこの子を殺す前に言っておきたかったんだが……肝心な時に君は校則を破らないんだね」
「生憎……先生がうるさくてね……」
「成る程。とはいえただ順番が逆になるだけだ。シイタ、まずこれからセイナを殺した理由を聞くにいたってまず君にアンケートをしておきたい」
「アンケー……ト?」
シイタも息絶え絶えに応える。どうやらこの鬼枷は身体の中まで縛り、大きな声を出させないようにする為のものでもあるようだ。その影響か呼吸もいささかし辛い。
「君は果たしてこの世界が、本当に“現実”であると思うかい?」
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