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これまでシイタはサギリの“論文”を暇潰しに自慢とばかりに聞かされてきた。そのどれもが馬鹿なシイタでは理解しがたいもので、それを聞いた後は疲れて寝るほどに疲労が溜まるものではあったけれど。
しかし今回は理解できる。
論文とするにはあまりに狂っているという事も。サギリが病人として目に映ってしまう事も。
今回の論文だけは、真っ向から否定する気持ちが芽生えてしまった。人殺しの論文。こんなものなのだろうけど。
だがそんなシイタの気持ちを汲む事無く、サギリは話を、論文を続ける。
「この世界は魔法と科学によって調和が取れている。魔法によって永遠の水が、科学によって永遠の食糧が保たれている。故にこの世界で餓死という言葉は存在し得ない。飲みたい時に喉を潤し、満たしたい時に腹を詰める。俺達は何気なくこの世界の上に立っているが、少し出来すぎだとは思った事は無いか?」
「……?」
「そもそも魔法だなんて便利なシステム。一体どうして俺達には備わっているんだ? 人間のどこの臓器に魔法を放つ器官なんて備わっているんだ?」
それは――確かに解明はされていない。
誰も――何故か解明しようとは思わなかった。
「そして“空間端末”。シイタ、これいつから使えた?」
「えっ? そりゃ、結構前から……」
「じゃあそれって正確にはいつだ?」
「……?」
何故か。
何故か答える事が叶わなかった。
「無理も無いさ。誰しもがそうやって答えるだろう」
空間端末――決して生まれた時にはこんなもの無かった筈だ。そうだ、生まれた時にはこんなものは無かった筈だ。無かった筈だ。無かった筈だ。
じゃあ、いつからあったのだろうか?
こんな便利なものを一体何時の日から使いこなしていたのだろうか?
「あれ……あれ?」
「そういえばシイタ。今年でここ、創立一万年なんだってな」
その草案を作ることがミサネの楽しみであったし、セイナの楽しみでもあった筈だ。結局セイナがそのパレードを見ることは叶わなくなってしまったが。
「シイタ、じゃあ君がここに入ってきたときの事を覚えているか?」
「……。……?」
思い出せない。
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