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何故だ。高校の入学式なんて、高校にいるうちは片鱗でも覚えているものだろう。入学したという事実だけは覚えている。しかし入学した時の風景を思い出せない。
おかしい。
何かがおかしい。
脳味噌がお玉にかき混ぜられるような気分だ。気持ち悪い。セイナの虚ろな瞳を見るとさらに気持ち悪くなる。
「シイタ、君も少しずつおかしいな、と思ってきたんじゃ無いか? 入学した時の事、思い出せないんだろ?」
「……ああ」
「じゃあ教えておくか。君が入ってきたのは創立5293年目だよ」
「……待て、それはおかしい。俺が入ってきたのは去年だから、9999年目の筈だろ?」
「じゃあその9999期入学式を君は覚えているのかい?」
覚えてはいないけど。常識で考えたらそうだろう。
創立5293年目だとか、そうなったら色々問題だろう。そんな矛盾が一番おかしすぎるだろう。今自分は何歳だ? 人間の寿命を軽く超えてしまっている。そんな化け物が人間であったら溜まらない。
自分がそんな化物だなんて思いたく無い。
「君は一体どのくらい高校二年生のまま止まっているのかな?」
「……」
記憶が無いのは入学式の事だけではない。
一体何処でミサネやサギリに出会った? 幼少時代の彼女達を覚えている。遊んだ事もある。遊んだ事もあるはずだが覚えているのはそういう事実だけだ。決して、その光景を覚えているわけではない。小学校の記憶も、中学校の記憶も、様々な事実だけは脳に残っていたけれど、その光景を覚えているわけではない。
集中して振り返れば、次から次へとおかしいと分かる。おかしいと分かり、おかしくなっていく。
何故今までこれに気付かなかった、とおかしくなるくらいには。
「違う。違うんだシイタ。おかしいのは君じゃない。おかしいのはこの世界だ。この現実だ。現実と思っているこの世界こそ、矛盾の塊だ」
「何が……何が言いたいんだよっ!」
鬼枷が無ければ今のシイタの声は学校中に轟いていた事だろう。
「もうこれは裏づけがされている」
そう言った上で、遂に真実を言い明かした。
矛盾の正体。
飢えも乾きも存在しない世界の正体を。
入学式も思い出せないような世界の正体を。
人間が腐らない世界の正体を。
事実だけが残り、記憶が残らない世界の正体を。
自分が今立つこの世界の正体を。
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