5人が本棚に入れています
本棚に追加
「この世界は数千年前からある科学によって作られた架空空間で、今の俺達は“本物の身体”から採取されたデータであるという事になる」
「……俺の、この身体が……データ?」
「お前だけじゃない。この世界に生きとし生ける全ての人間、そして全ての物体がたんなる1と0の集合体なんだよ」
わなわなとシイタは自分の掌を見つめる。この掌も、自分の存在も、天野サギリも、そこで横たわって動かない木村セイナも、今昼飯を食べている田辺ミサネも――データ。
1と0の集合体。
液晶の上の文字。
紙の上のインク。
机上の空論。
否、机上の正論と言うべきか。
いずれにせよ、既にシイタの心は麻痺しつつあり――。
「証拠はある」
「……!?」
「俺はその可能性に気付いた時、政府の中枢データバンクをハッキングし、そしてこの世界の構造が書かれた図を入手した。即ちこの世界の物が何で出来ているのかをも」
サギリが“証拠がある”と言った以上、その事象は正しい。そしていつも新しい学説を打ち立てていく――そういう事実が残っている。データとして。データの自分の中に。
自分は今、データだったのだ。
「だが間違えるな。シイタ。確かにそこにいるお前はデータだが、お前と言う存在はデータじゃないよ。元の世界でちゃんと眠っている」
「どういう……事だ」
「元の世界ではどうやら超巨大コロニーの中で膨大なサーバーの傍らで何億人と言う人間がコールドスリープ状態にあるらしい。この世界の半分くらいの人間は向こうに体がある……俺とお前は調べておいた。俺とお前はちゃんと向こうに身体があるよ」
本当か? と一瞬言いたくなったがまだ複雑だ。喜ぶどころかまだ悲しむ事すら難しい。単純にショックが強すぎて感情がコールドスリープを起こしかけている。
「ただ、残り半分の人間はこの架空世界を維持していく上で、元の世界からデータ化してきた人間一人一人に合わせて“人間関係”が満たされるように配置された完全なデータだがな。例えば、田辺ミサネとか」
「ミサネが……」
小さい頃からいつも隣にいた。
小さい頃からいつもうるさかった。
小さい頃からいつも世話焼きだった。
小さい頃から永遠にいつも横にいるような錯覚にさせてくれた。
あの少女が――つまりは偽物。
もう、訳が分からない。
「うそだ……そんなの……あいつは……」
最初のコメントを投稿しよう!