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5月も残すところあと10日というある日、あたしは、階下のフロアへの用事を済ませて上がってきた。
「璃子ちゃん、ちょいと、こっちへいらっしゃいなっ」
『璃子ちゃん』だなんて……
明らかに不敵な笑みを浮かべた村上姉さんに声をかけられ、給湯室へと連れ込まれた。
「どうしたんですか?」
「どうしたのでしょうか?」
「えっ!?」
「何で言わないのよ」
「何をですか?」
「松本部長の事よ」
村上姉さんが、ジトッと責めるような眼差しであたしを見つめる。
情報通の村上姉さんが、松本部長の退職を10日前に知るなんて、確かに遅すぎる。
渡グループは、うちの株主で、得意先。当然、今まで隠して過ごして来た事にも、また、今になっても情報の漏れ伝わりがない事にも驚くだろう。
だが、それは、あまり騒ぎたてずに仲間として送り出してやりたいという社長をはじめ、みんなからの松本部長への配慮のようにも思えた。
「すいません」
とりあえず、あたしはひと言謝った。
「いつから知ってたのよ」
「4月のはじめ頃でしたでしょうか?秘書室の異動後からしばらく経ってからだったと思います」
「……」
さらに村上姉さんは、あたしの様子を窺うようにジッと瞳を見つめた。
「村上姉さん?」
「大丈夫なの?」
「えっ!?」
「だから、璃子は大丈夫なの?」
「えっ!?」
「だから、璃子と松本部長の関係は大丈夫なの?って聞いてるのっ」
村上姉さんは、あたしが言わなかった事を責めているのではなくて、あたしの事を心配してくれていたようだった。
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