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「仕事がんばれよ」
「はい」
「みんなに愛される気配りの出来る秘書になれ」
「はい」
「璃子なら大丈夫だから。俺が育てた『ヒナ鳥』だから」
『ヒナ鳥』って……
思わず和也さんの顔を見上げたら、いじめっこみたいな笑顔を浮かべて笑っていた。
「松本部長も、新天地でがんばってくださいね」
「俺を誰だと思ってる?」
「そうでしたね。松本部長様でした」
あたしもわざと言い返した。
「松本部長」
「んっ?」
「お疲れさまでした。
それと、ありがとうございました」
「あぁ……」
ぽつり、ぽつりと呟かれるお互いの言葉が、今日が最後なんだと確認させた。
「淋しくなります」
暫しの沈黙のあと、あたしの口から、本音が零れ落ちた。
「……璃子」
そっと肩に乗せられた手から和也さんの温もりが伝わる。
自然とお互いの視線が絡み合った。
「応援してるよ」
甘い笑顔と言葉が降り注がれ、傾けられた和也さんの顔がゆっくりと近づいてくる。
「よろしいんですか?ここ会社ですけど?」
あと少しのところで、声をかけた。
目の前でクシャっと目尻を下げ、にっこり笑った和也さんとあたしの笑顔が重なる。
「もう就業時間が終わったからいいんだよ」
言い終わると同時に、あたしの唇には柔らかな感触と和也さんの温もりが広がった。
和也さんは、退職の最後に、会社では見ることの出来ない特別な笑顔と、甘いキスをあたしにプレゼントしてくれた。
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