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藤井さんを送り出して、フーッとため息をついた。
次は……デスクの片付け。とはいえ、異動して来たばかりだったし、特に私物もなく、あっという間に紙袋ひとつに収まった。
感謝の気持ちを込めて、簡単に秘書室のお掃除をした。
定時を過ぎ、自分のデスクから、ゆっくり周りを見渡した。
ひとりっきりの秘書室で、淋しさに包まれながら、自分の気持ちを整理する。
入社して1年半とは思えないほど、いろんな事がありすぎて……
今回、誰にも相談せずに退社を自分自身で決断した事を、誰よりも、あたし自身が驚いている。
入社当時のあたしなら、ただ慌てふためくばかりだった事だろう。
入社以来、お世話になった、ひとり、ひとりの顔が、次々と思い浮かんだ。
優輝さん、冴子さん、村上姉さん、美紅ちゃん、坂本さん……
きっと、相談なんてすれば、社内でのお立場も顧みずに、みんな自分の事のように心配してくれた事だろう。
でも、それが解っているからこそ、あたしは、自分の道をひとりで決めました。
みんな、みんなごめんなさい。
椅子に、荷物をまとめ、あたしは、最後に屋上へと向かった。
手すりにもたれて、夜へと移行してゆく景色を、ぼんやりと眺める。
まだ9月の上旬だけあって、熱せられた屋上のコンクリートの熱風が足元から上がり、時折、ビルの谷間の風が顔を吹き抜け混ざりあった。
ここは、和也さんとの想い出の場所のひとつ……
幾度となく想い出の中の和也さんに、こっそりと逢いに来ていた場所。
もう二度と来ることの出来無い場所。
あたしは、心を落ちつけ、静かに瞳を閉じた。
『璃子、俺を信じて待ってろ……』
夢の中で聞いた和也さんの声が聴こえ、包まれている気がした。
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