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村上姉さんの姿が完全に見えなくなるまで、あたしは手を振り続けた。
ひとり歩き出したあたしは、徐々に現実に引き戻されながら、気がつくとマンションに辿り着いていた。
いつもよりも寂しく感じる真っ暗なリビングにしゃがみこんだ。
「……引っ越さなきゃね」
あたしは、鞄から、社長にいただいた手紙を取り出し、廊下から差し込む明かりで、五十嵐さまの住所を確認した。
五十嵐さまのお宅は、実家から通える距離のところだった。
「とりあえず、実家に戻ろう」
あたしは、携帯を手にした。
何て言おう……
何から話そう……
結婚の挨拶までした和也さんと別れた上に、会社も辞めた事……
どちらも内容が重すぎる。
携帯電話が、とてつもなく重く感じた。
ほろ酔い気味の今、勢いに任せて言わなければ、明日には、絶対言えなくなる。
あたしは、携帯の画面を押した。
お母さんが出ますように……
驚かれても、いろいろ聞かれても、女同士のほうがいい……はず。
あたしは、祈るような気持ちでコール音を聞いていた。
1……2……
コールが増えるのに比例して、心臓の鼓動が高鳴る。気づけば、正座をしていた。
「もしもし。桜井です」
受話器から聞こえてきた声は……父親だった。
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