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「件の如しー3 件呪ノ章」
フィリピンの美しい夕日を眺めながら、明日馬は施設の別棟に向かっていた。
この島の暖かさに比べると、先月までのカナダの寒さが嘘のようだ。
美しい夕日と対照的に、明日馬の顔には以前にも増して翳りが濃かった。
美貌に鬼気が加わり、夜叉のような凄みが感じられる。
明日馬は、心の中で哭いていた。
あの日ー
明日馬を庇って撃たれたヒカル、頼れる友だった芦屋を殺され、そして真鍋も屠殺された。
狂える獣、ミノタウロスを斃す。
ヒカルを撃ち殺したアエーシュマという男を斬る。
敵を討つ。
それだけが今の明日馬を支えていた。
だから、明日馬を救出した牛頭教団と行動を共にしているのだ。
振鷲と名乗った女は、
「敵を討ちたいなら、あたしに付いて来なさい」
と言い、明日馬を拘束したのだ。
明日馬は復讐者(アベンジャー)だ。
明日馬は、復讐の鬼となっていた。
ここはフィリピン諸島の一つで、牛頭教団が所有する島だ。
この島で明日馬は、牛頭教団の訓練に参加していた。
施設のドアをノックすると、
「どうぞ」
振鷲(ふるわし)の招く声がした。
事務所に入ると、赤いシャツにタイトスカートの振鷲が、ソファーでくつろいでいる。
夕方とはいえ、まだ30度近い気温だ。赤いシャツの袖を捲っている。
さらに、第2ボタンまで外された胸元が大胆に開き、胸の谷間を露骨に見せていた。
「座って」
明日馬に席を勧め、ストッキングを履いていない脚を組み替える。下着が露わになりそうだ。
「暑いからビール飲む?」
「いや、いらない」
「綺麗な顔でつれないわね、勿体無い。いいわ、話に入りましょうか」
苦笑し、振鷲は組んでいた腕を解いた。
歳は三十路だろうか。
普段ポニーテールで結んでいる髪を降ろし、今は軽くウェーブした長い髪を垂らしている。
彫りの深い艶やかな美貌を有し、ハリウッドスターの如く綺羅びやかな雰囲気を纏っている。
口元のホクロが官能的で、普段隊員から「女社長」と揶揄されている姿とは別人だ。
だが、時折ちらりと垣間見せる表情の翳りに、明日馬と同じ闇が隠されているようだ。
「俺を呼んだという事は、そろそろご教授してくれる頃合いだな?」
明日馬が訊いた。
目の前の振鷲は、牛頭教団という宗教団体の女教主だ。
だが、およそ女教主にあるような神秘的な雰囲気は皆無で、どちらかというと女実業家の体を成している。
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