「件の如しー1 件変ノ章」

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「そこまでだ!」 拳銃の男が叫んだ。 「お前の大事な女を撃つぞ」 明日馬が振り向くと、救急車のストレッチャーに寝ているヒカルに、拳銃を向けている男が映った。 呻いていた拳ダコが、やっと身体を起こした。 「こ、この野郎、只じゃおかねぇ!」 痛む眼をこすりながら、拳ダコは歯軋りをしながら怒りに震えていた。 その時ー 明日馬の後方から、二つの強烈な光が差した。 「!?」 車のヘッドライトだ。 「何しているんだ!」 ヘッドライトの向こうで、男の声が叫んだ。 男達が油断した隙に、明日馬が太い樹の影に隠れた。 「ちぃっ」 救急車の男が拳銃を発砲した。 タァン! 乾いた銃声がこだまする。 明日馬を狙った銃弾が逸れ、ヘッドライトの車のタイヤに命中した。 タイヤから空気の抜ける音がする。 「ちぃ、おい、引き上げるぞ!」 拳銃の男が言い、拳ダコが口惜しそうに救急車に乗り込む。 タイヤを鳴らし、救急車が急発進して、闇に呑まれて行った。 樹の影から、明日馬が顔を出す。 走りゆく救急車を眼で追う。その瞳は怒りに燃えていた。 「危ない所でしたね」 眩しいヘッドライトの向こうで、先程の男の声が言った。 一人の男が歩み寄って来る。 丸い眼鏡を掛けた、無精髭の男が、ボサボサの髪を掻きながら、明日馬に近づいて来た。 くたびれたブラウンの背広を着た、三十路過ぎの男だ。 「危ない所でした」 男はもう一度繰り返した。 「助かりました」 明日馬は、男に頭を下げた。 「いや~、いきなり拳銃を撃ってくるとはー」 「お怪我はありませんか?」 「あっあっ、自分は大丈夫ですが」 男が車のタイヤを指差す。 「タイヤがパンクしました」 バツが悪そうに、再び頭を掻いた。 明日馬は振り返り、救急車が去った闇の彼方を見た。 「すいませんが、車のタイヤを交換するので、ちょっと手伝ってくれませんか?」 「・・・」 「あの救急車の行き先なら知っていますよ」 「なに!?」 「あなたの身内の方が、牛の化け物に変わったのではありませんか?」 「何故それを知っている!?」 「アレはね、件というモノなんですよ・・・」 男が怖い声で、そろりを言った。 「くだん・・・」 「国会で件が出たのを知っていますか?」 「アレはCGを使った偽物だろう?」 「いいえ、本物なんですよ。件を見たあなたなら判るでしょう?」 「・・・アンタ、何者なんだ?」
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