恋人

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事務所を出て一人になると、身体の中に冷たい風が吹き込んでくるような、そんな気分だった。 食堂に行く前に洗面所に寄る。 朝のことは部長に話すつもりだったから、伝えることは出来て良かったんだけど…。 部長に"隙がありすぎる"と言われたことがショックだった。 朝のことも、それが原因みたいに言われた気がした。 そう言われて…成瀬さんの一件が脳裏をよぎった。 あの時も部長は、私に隙があったからあんなことになったと思ったのかな…。 私に隙があるから……。 そう思うと悲しかった。 私が責められている気がした。 …責められているんだろう。 …私が悪いんだから。 …私、部長以外に気を許してなんかいないのに。 食欲は一気に無くなっていたけれど、琴ちゃんを待たせているので食堂に向かった。 今日に限って私の大好きなきんぴらコロッケだった。 だけど、それ一つさえ食べきることが出来なかった。 琴ちゃんが心配してくれたけど、適当にごまかした。 …成瀬さんのこと。 もうあまり気にしてなかったのに、部長にああ言われてから私の心に重くのし掛かる。 そして、私は怖くなった。 成瀬さんが私の耳にキスしたこと。 私は部長に言ってない。 忘れたかったし。 無かったことにしたかったから。 でも、部長がもし知ったらどうなるだろう。 "私に隙があったから" 私を軽蔑するかもしれない。 嫌いになるかもしれない。 私は怖くてたまらなくなった。
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