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いつものように、有美は重厚感のある扉を開けた。扉を開けた瞬間、「まさかね。」と、有美は首を傾げた。リビングから聞こえる声には、聞き覚えがあるものの、とてもあの子が喋っているとは思えない内容だったからだ。
「・・・・ここに来たきっかけはですね~。なんと、こんな三十路前にして、結婚を前提に付き合ってた彼にふられちゃったんですね。しかも、『実は、今既に結婚を前提に付き合ってる人がいます。』って言って、、、。それに、、その相手が、私の会社の同僚で、、、、」
でも、聞こえてくる内容は、この間彼女が話していたのと同じ。「本当にあの子?」と、懐疑的な気持ちを抱きつつ、そっとリビングを覗いてみた。
そこにいたのは、あの日とは別人とも思える輝きを放った美雪。
その姿を見ると、有美の口角は少し上がっていた。そして、笑顔で話している美雪に察せられないように、すーっとリビングを通り抜け、陽子のオフィスルームに足を忍ばせて行く。
ゆっくりと扉を開けた先には、溜まった書類をいそいそと片付けている陽子の姿がある。カチャっと開いたドアの先に有美がいた事が分かると、有美を手招きし、そして 「座って」と、手前にあるソファーを指差す。
「それにしてもね~。」と、驚きが隠せない気持ちと飛び上がる嬉しさを噛み締めたようなトーンを交えながら、有美はドサっと腰掛ける。整理し終わった書類たちをトントンと整えながら、「どうかした?」と、陽子は有美の方に顔を向ける。
「いや、あんなに変わるんだ、と思って。もちろん、変わった人は何人も見てるけどさ、陽子ちゃんって本当にすごいよね~。年下ながら、本当に尊敬するわ。」
陽子は笑顔で応え、「そんな事ないわよ~」と、軽く否定するが、その否定を更に交わすように、「だって、あの子。みーちゃんか。すっごく変わったよね。最初出会った時とは別人よ。」と、有美は息荒く語った。
有美の脳裏に浮かぶのは、もの悲しげで張り詰めた空気を放出していた彼女の姿。あれから一ヶ月くらいだろうか。あんなにも怒ったり泣いたりしていたはずの彼女が、自分の辛辣なエピソードを笑顔で語ってしまうほど回復するとは、まるで自分が魔法にかかっているのだろうかと、疑いたくなるような気分にもなる。
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