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────イタい
それが、ぼんやりと覚えてる。
体がぐちゃぐちゃになったような、言い表せない痛みが脳へ電気信号で送られてくる。
薄く開いた目が、右手の先にある俺の足だったものを捉えてる。
学生服はまるでボロきれのようにズタズタで、その下から覗く俺の足は見るも無惨な状態。
こうやって意識を繋ぎ止めてるのもすごいことだろう。
すると、血だまりに沈んでた俺の視点が何の前ぶれも無く上に上がった。割れ物を扱うかのように丁寧に持ち上げられたのだというのに気がついたのは、瞳に映った人物で理解できた。
俺の、大切な妹だった。
盛大に泣いているのか、涙で可愛い顔がぐしゃぐしゃだった。
赤茶けた髪はポニーテールで纏められ、その快活な表情と相まって人一倍の元気っ娘という立ち位置のこいつが、叱られた子供みたいにわんわん泣いてる。
俺は、もう耳が聞こえないから、こいつの……祐実(ゆみ)の声が聞こえない。
申し訳ない気持ちでいっぱいのと同時に……良かったって思った。
ギリギリだったけど、祐実を守れたんだ。迫り来る暴走トラックから。
その変わり、俺はこんな事になっちまったけど、可愛い妹の為なら、安いもんだ。
だけど祐実は、俺が死んだのが自分のせいだと思い込むだろう。
そして、俺の後を追って自殺するだろう。……それだけは、させない。
だから俺は、神様に祈った。
──祐実と、ちゃんとした別れ方をしたい──って
そんな祈りが通じたのか、上半身の感覚だけが少しだけ戻った。
アドレナリンが大量に分泌してるのか、痛みはそれほど感じなかった。
「ゆ…み……」
掠れた声だったけど、祐実にはしっかり届いてくれたようだ。祐実が驚愕の表情してるからな。
「お、おに…いちゃん……?」
俺の血にまみれた両腕を、祐実の両頬にそれぞれ当てると、腕の力だけで祐実の額を引き寄せ、自分の額にピタリと合わせた。
「いい…か? おまえ…は、いきろよ? うしろばっ…かみてないで、まえをむ…いて、たのしく…いきろ。おれ…のいも…う…とは、げんきい…っぱいの、じまんの、いもうと……なんだから…よ」
合わせた額を離して、祐実に精一杯の笑顔を送ってやった。
そこで体の力が抜け、俺の意識は深い闇へと落ちた。
再び気がついた時、俺は大理石のような模様の入った石でできた床の上に寝ていた。
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