第一世 一番古い記憶

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 明かり一つない草が生い茂った闇に包まれた森の中、一組の男女が手を取り合い、いずれ追いつくだろう追っ手から必死で逃げていた。  総髪を揺らし額に汗を浮かべながら草むらを掻き分け前へと進む晁光-あさひ-(19)は、腰に差した刀に左手を添え、右手には此処まで逃げて来るのに一度も離さなかった華奢な手を握り直した。 時折後ろを振り返ると手を引いている女性の様子を伺う。  晁光が自分の身を案じ振り返る度、柳月-ゆづき-(16)は心配かけさせまいと必死で微笑みを返し、足元を妨げる着物の裾を空いている手で握り締めた。  今夜、二人でこの町を離れる。 そう決意したのは柳月の結納が決まった1ヶ月前のことだった。  女性が自由に結婚相手を決めることが出来なかった時代、裕福な家の一人娘として産まれた柳月には、既に許嫁がいた。 16歳になったら婿を貰い、家を継ぐ。 それが柳月が産まれたときから背負った宿命。 恋する意味など知らず、そのまま家の存続の為だけに生きる。 それが当たり前だと思って生きてきた。 晁光に逢うまでは。  柳月は息を弾ませながら、自分の手を引き走り続ける晁光の後ろ姿に目を細めた。 そして、自分の手をしっかりと握り締めている大きな手に視線を落とす。 自分の手をすっぽりと包んでしまう、大きな男の人の手。 ささくれや、小さな傷が目立つ働き者の手。 初めてこの手に触れられたとき、忘れていた記憶を取り戻した。 もう何年も何十年も、こうやって出逢い、惹かれ合ってきたことをーーーー。
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