第四世 前世を捨てた君

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~ 町が一望できる小高い丘の上。  そこにひっそりと赤い花を咲かせる木の幹に掌を当てると晁光は目を細めた。  不意に強い風に吹かれ後頭部の総髪と共に着物の袖が揺れる。  ふと人の気配を感じ晁光が振り返ると、そこには息を切らした美しい女性が着物の裾を片手で掴み微笑んでいた。  急いで逢いに来てくれたのだろうか。  薄らと汗が滲んだ白い首筋には彼女を象徴する長くて美しい黒髪が張り付いている。  「…………」   無言のまま自分を凝視している晁光に、女性はほんのり頬を赤らめるとゆっくりと近付いて行く。  それが合図だったように晁光も足を前に踏み出すと、真っすぐと彼女に向かって歩いて行った。   お互い立ち止まり、視線を絡め合う。  それだけで言葉など交わさなくても、どれだけ目の前にいる愛しい人を想っているのか感じる事ができた。  愛しくて、それなのに胸が締め付けられるように切なくて……こうやって逢う度に惹かれ合う。  もう何年も何十年も、そうやってお互いを想い続けてきたようにーーーー。   晁光は手を伸ばすと、そっと女性の頬に触れる。  それを待っていたかのように女性は晁光の手の甲に自分の手を重ねると瞼を閉じた。   長い睫毛を小刻みに震わせ少し緊張した面持ちで、自分からの口づけを待っている女性の姿に、晁光は目を細めるとそっと顔を寄せて行く。  彼女の息づかいを感じる程、唇を近くに寄せた途端、再び強く吹き始めた風に阻まれ、晁光はきつく瞼を閉じると柳月から身体を離した。  恐る恐る瞼を持ち上げると霞む視界の中に赤い花びらが舞っていた。  その奥に、自分をじっと見詰めている女性の姿が目に入り手を伸ばす。  「ゆづ……」  名前を呼びかけたときだった。  ついさっきまで、女性だと思っていた女の顔が、柳へと変わる。 ~
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