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菜摘ママは親身になって聴いてくれるかと思いきや、かなりの毒舌で俺をどん底に沈めてくれた。
若いうちに馬車馬の如く働くのは当たり前だ。仕事があることに感謝しろ。
人生についてアレコレ悩んで語って良いのはジイさんバアさんになってからだ。グダグダごたく並べる前にさっさと帰って仕事しろ。
今ある仕事が終わってから愚痴りたければ愚痴れ。どんな理由であれ、仕事を途中で放り投げるな。
どれも当たり前の言葉で担当編集者にも言われ続けていた。それまではどれだけその事を言われても決して胸には刺さらなかった。
しかし、不思議と菜摘ママから発せられたその戒めの言葉達は、俺の中に巣食っていたモヤモヤしたものを一瞬にして消し飛ばしていた。
……っていうかコレ、ブラック企業の理念だよな。
本当はあの日、菜摘ママは海に飛び込もうとしていたらしい。後に、ぽんぽこ御殿でお互いが酔っ払っている時に聞いたことだ。
カモメの歌を歌いきった後、そうするつもりだったらしい。よりにもよって、結婚詐欺にあったのだそうだ。今まで生きてきた中で、一番愛した人に裏切られたのだ。その絶望とやらは俺にはおおよそ想像もつかないが、きっと目の前に広がる海よりも深いものだったに違いない。
そこに現れた、仕事のしすぎで自分の時間がもてないという‥‥‥‥大した悩みでもないことで愚痴った俺。菜摘ママはたかがそんなことくらいでと、絶望を通り越して腹が立ってきたらしい。俺のネガティブ思考を論破しているうちに海の藻屑になることが馬鹿らしくなったんだってさ。
まぁ、思い止まってくれて良かったよ。
「……ま、そんでさ。放り出してきた原稿を仕上げたらうちに来なさいな。ご褒美に美味しいお酒を出してあげるからさ」
なんだかよく分からないが、その言葉にほだされた俺はそれ以来、ぽんぽこ御殿に通うようになった。生き方がブレない菜摘ママを見ることで、安心したいのかもしれない。
俺って一体何なんだろう、ではなく。別に今は俺、こういう生き方してていいんだなと焦らずに思えるようになった。
まぁ……軽い抑うつ状態だったんだろうな、きっと。
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